当科の紹介

国外留学

中島 翠 先生旭川医科大学 2004年(平成16年)卒業

初期研修中に出会った尊敬する小児神経科医の先生が北大小児科出身であったから。
より多様性のある環境が魅力的だったから。

私は関連病院での研修の後、神経グループとして大学院に戻り、主に難治性てんかんの脳磁図研究を学びました。その後、小児難治性患者の発作治癒を目指し、大学院4年目(2013年)にカナダ、トロント小児病院神経生理学研究所で脳磁図を用いた限局性皮質形成異常の研究、診断技術(AdSPM)の開発に携わりました。現在、同院でAdSPMはてんかん外科術前に臨床応用されその精度の向上に貢献しています。
その後、同院神経科で臨床医として働き、世界水準で体系的な医学教育と北米での標準的治療を学びました。またトロント小児病院では、日常的に多数の様々な人種、言語、文化、宗教を背景に持つ患者様に対応しており、多様性に対しても一貫した高い水準の医療の提供を保障するために構築された様々なシステムを学ぶことができました。
最も大変であったことは、極めて理論的で体系化された医学教育の中で培われた膨大な理論と知識を持つ同僚達と対等に渡り歩くために毎日猛烈に勉強をしなければならなかったことと、評価に耐えうる研究、臨床そして教育を両立して行うことでした。

前列左から2人目が筆者

北大小児科神経グループには、皆さんの夢を叶えるために最大限のサポートを行える環境があります。もし皆さんの中に、留学したいけど、何をどのように準備したらよいのかわからない、北米での医学教育、臨床に興味がある方や、または医療の国際化とはどういうものか興味のある方などありましたら、いつでも声をかけて下さい。皆さんのお力になれるように私もがんばります。皆さんにお会いできる日を心より楽しみにしております。

森川 俊太郎 先生札幌医科大学 2007年(平成19年)卒業

初期研修医として入職した病院の小児科が北大の関連であったことがきっかけで入局しました。同じ北海道内で母校とは違う医局に入ることには正直迷いもありましたが、決め手となったのは、指導してくださった当時の指導医の先生方の存在と、北大小児科が持つ門の広さです。初期・後期研修を通じ、小児科医としての基礎を多くの先生から授かることができたのは、私にとって幸運でした。こどもの成長と全身の臓器をドラマチックに制御する内分泌の世界に魅力を感じ、後期研修が終了した時期に大学院へ入学しました。

もともと留学に興味があり、大学院の私の指導者であった田島敏広先生(現 自治医科大学小児科教授)に「留学したい」と勇気を出して相談した時のことは鮮明に覚えています。「え?!海外留学?森川みたいな人は…」と田島先生に切り出され、ああもうだめだ、留学なんて行けない…と一瞬覚悟しましたが、続く「…絶対に留学した方がいい」という言葉を聞いた時に一気に道がひらけた気がしました。医局の人手が少ない中で本当に留学に出してもらえるのかは最後まで不安でしたが、留学の人事を優先してもらえたことには感謝しています。しかし、出国3日前の深夜まできっちり外来と出張業務を行うことになったことは申し添えておきます。
学位のテーマであったWolfram症候群という病気に興味があったため、その疾患を研究しているアメリカのラボへの留学を目指しました。ラボの主宰者に連絡を取り、国内外の学会で実際に何度か会い、海外留学助成金への採用を条件に受け入れを許可してもらうことができました。幸いにして何とか留学に飛び出せたものの、bench workの経験が少ない状態で留学を開始したので全てが苦労の連続でした。研究テーマを自分で探り、詳しい人に教えてもらいながらも実験を進めていくことができ、正体不明な研究の底力だけはついたと自負しています。不器用で頭の回転の遅い私に何でもやらせてくれたボス、もがく私の姿をそっと見守ってくれたラボのメンバーには感謝しています。

もしも海外留学に興味があって悩んでいるのであれば間違いなく挑戦するべきだと私は思います。渡航先の国の文化や治安、留学先ラボの事情、グラント、自分の年齢、医局の人事、自分や家族の健康、子供の教育、経済的な負担、(研究留学であれば)臨床から離れることなど、乗り越えるべき壁はたくさんありますが、その価値は十分にあります。患者さんを直接診る「医者」であることを一旦離れられたこと、多くの人に出会えたこと、家族との時間がたくさんあったこと、子育ての大変さを小児科医として心の底から実感できたことなど、実際にやってみないことには分からないことがたくさんありました。研究はもちろん、こういった経験は間違いなく自分の糧になっています。
北大小児科は、私が思い切り留学させてくれるためのサポートをしてくれました。迷っているのであれば絶対挑戦してみて欲しいです。できれば北大小児科で。

右から2番目が筆者